行政から見た「産業振興」
京都市はこれまでにも伝統産業の道具・材料の枯渇問題に取り組んできた。2008年に西陣織工業組合が設立した「京都伝統産業道具類協議会」に国や京都府とともにオブザーバーとして参画し、供給困難な西陣織の道具類を確保してデータベース化する活動をおこなってきた。廃業・休業する事業者から稀少となった道具類を借り受け、それを希望者に貸与するという取り組みだ。とくに新規開業する若手職人にとっては心強い支援で、同協議会の活動は西陣機業の安定に一定の効果を上げている。
国も経済産業省や文化庁がそれぞれ対策を講じているが、実態調査を中心とした「対処療法」にとどまっているのが現状だ。また、衰退する産地への支援はあっても、同プロジェクトのようにゼロから新たに産地を目指す取り組みを行政が支援することは異例のことだ。
同プロジェクトでは、以下の3点が行政を動かす決定打となった。
1.(有)中村ローソクをはじめとする伝統産業の有志の集まりが「JAPAN WAX KYOTO 悠久(株)」として法人化し事業主体としての責任を示したこと。
2.農林業の衰退と過疎に直面する京北地域に新産業を創出する可能性があること。
3.櫨蝋の需要が和蝋燭以外にも見込めることから展開の広がりと持続性を期待できること。
つまり、「伝統産業を救う」といった大義だけではなく、京北地域で持続的な産業として発展が見込まれた結果だ。
和蝋燭の原材料の安定供給を目指して民間の有志が始動させたこの取り組みは、行政の補助を受けて「地域再生」という公の目標も併せ持つことになった。
Japan Wax
櫨蝋が化粧品材料に使われていることはあまり知られていない。櫨蝋をさらに天日干しして不純物を取り除いた「白蝋」は、「Japan wax」と呼ばれ世界中の化粧品メーカーが口紅やハンドクリームなどに用いている。昭和初期頃までは盛んに輸出もおこなわれており、櫨農家や製蝋事業者の大きな収益源となっていた。ほかにも、日本髪や力士の曲げを結う鬢付け油や、食品(煎餅など)製造時の剥離剤としても使われている。
そうした櫨蝋の需要は石油由来の材料に市場を奪われてしまったが、近年、世界中で推進されている「化粧品・食品の原料明記」や「環境に配慮した原料使用」の動向をみれば、「高品質な天然ワックス」としてふたたび需要を掘り起こすことは不可能ではない。
「(有)中村ローソク」では、昨年から櫨蝋を含有したハンドクリームを製造販売し、半年間で約800個を売り上げた。また、その売り上げのうち5%(99,000円)を京都市へ寄付し、京都市はその寄付金を櫨の栽培に充てることが決まっている。櫨蝋で稼いだ資金を櫨蝋育成へと循環させる。ビジネスとしては当然のことだが、こと予算分担の難しさをはらむ産官連携においては容易なことではない。こうした「豪腕」も、同プロジェクトを推進させる原動力だ。
田川さんは、「櫨蝋は化粧品以外にも印刷機のトナーや、鉛筆の芯、家具用ワックスなども使われてきました。櫨蝋は強く、粘りがあるのでさまざまな分野で『使い勝手の良い』材料なんです。もちろん、和蝋燭が垂れにくいのもこの特徴に由来します。事業主体を法人化したのは行政頼みではない覚悟を示すため。地元で櫨の生育に携わる農家の方々を含め、関係者全員にしっかり利益があってこそ持続性のある取り組みになると考えています。今はまだ全員が手弁当の状態ですが、10年、20年と長期的な視点で軌道に乗せていくつもりです」と話す。
京都市産業観光局商工部伝統産業課は「和蝋燭は京都市が指定する伝統産業74品目のひとつ。先人たちが受け継いできた灯を絶やさず、未来に伝えていくことが我々の使命です。自然が相手なので長い道程ですが、地道な取り組みを積み重ねて将来的には京北で『櫨の地産地消』を実現したいと考えています」と話す。2017年度以降の予算規模はまだ未定だが、目先の結果よりも持続性に重点を置いた姿勢で取り組むという。
「櫨蝋の可能性は大きい。『櫨蝋の復興』という大きな観点からは、和蝋燭の原料問題解決は副産物かもしれませんね」と田川さんは笑う。
和蝋燭は灯り続けるか——。
京都・京北地域ではじまった櫨蝋づくりの取り組み|[1]|[2]|[4]
SPECIAL
TEXT BY YUJI YONEHARA
PHOTOGRAPHS BY SHINGO YAMASAKI
16.12.15 THU 11:18