―アートと紙漉きが出会った80年代
「アワガミファクトリー」の母体となる組織は富士製紙企業組合という。唯一残った紙漉き業者である藤森家が阿波和紙の伝統を守り続けるために1952年に組合を創立。阿波和紙ブランドの総称として20年ほど前に「アワガミファクトリー」と名付けた。
現在は機械抄紙・染紙・和紙加工品の製造を行いながら、現代の印刷技術に対応したインクジェット用和紙やインテリア用和紙の開発などにも力をいれている。
1軒になっても商いとして阿波和紙ブランドを確立できた背景には、阿波和紙とアーティストとの出会いが大きいと代表の藤森洋一さんは語る。
「衰退しつつある和紙の需要をどう掘り起こすかを考えた時に目を向けたのが海外でした。国内にはいろんな和紙の産地があり、良くも悪くもつながりがある。つながりの深いところへ割って入るよりも、外の世界へ目を向けた方が勝てる要素があるという発想からでした。今から35年ほど前のことです」
1980年にはハワイで紙漉きのワークショップを開催。世界中からアーティストや伝統工芸に興味がある人が集まり、技術交換やデモンストレーションが行われた。藤森さんは流し漉きの技術を教える立場として参加し、多くのつながりをつくって帰国する。1982年には京都で開催された国際紙会議にも参加し、国内外のアーティストとの接点が生まれた。
和紙の技術交換や意見交換をするなかでアーティストと密になり、「アワガミファクトリー」の漉き場には世界中からアーティストがのりこんでくるようになった。80年代の動きから生まれたつながりが、作品と和紙の技術が進化するきっかけになっていく。
―平面から立体まで自由な表現を追求
「アワガミファクトリー」では美術家、写真家、デザイナーなどが滞在しながら制作できる「ビジティング・アーティストプログラム」という取り組みを行なっている。「アワガミファクトリー」が長年培ってきた和紙の技術や知識と、アーティストの創造性が一つになった作品づくりをサポートするというもの。これまでに訪ねてきたアーティストは優に100人を超え、最長1ヶ月滞在することができる。
「アーティストから直接連絡がきて、お互いに話がまとまれば来る者拒まずで受け入れています。制作をするということは密にコミュニケーションをとる必要があるので、人と人の相性や、土地との相性も作品づくりには需要な要素。サポートしているとき時は大変なことも多いですが、リピートして来てくれるアーティストがいることが何よりのやりがいになっています」と藤森さん。
リピートして訪ねるアーティストの中にはアメリカ出身の美術家ダニエル・ヘイマン氏や、ノルウェー出身の版画作家エリー・プレステガード氏など、世界を股にかけて活躍している人も多い。二人に共通しているのは、パルプペインティングという技法で絵を描いているところ。濡れた和紙の上に着色したパルプをおいて描いていく、色と色が交わるところの曖昧な線が、見る人に想像力を膨らませる。
滞在するアーティストの中には1枚の紙を漉き、その上に絵を描くという人もいるが、大半が和紙の特徴を活かして新たな作品づくりを試みるという。それは平面に留まらず、立体的な表現にまで及ぶ。
「現代美術作家・栗林隆さんと一緒に、紙の素材で白樺の木を制作しました。2010年に森美術館で行われた『ネイチャー・センス展』という展示の作品だったのですが、この時は石膏型をつくりパルプを詰めて形にしていきました。アーティストとのミーティングはいつも真剣勝負、とっさのアイデアがいくつ出せるか。普段は平面の紙をつくっている職人にとって、アーティストが頭の中で考えていることを和紙の技術で表現する落とし所を探るのが一番難しいところです。時間がかかりますし頭を使います。答えの無いものを、決められた時間と予算で実現していくのは大変ですが、サポートする醍醐味でもある」と藤森さん。
ー作品づくりの中から見いだした阿波和紙の個性
「アワガミファクトリー」を代表する和紙の一つに、先代の藤森実氏が推進した「藍染和紙」がある。通常、藍染の液はアルカリ性が強く、和紙をそのまま入れると溶けてしまう。そこで考えたのが紙にこんにゃくのりを塗るという技法。耐水性が高まり、藍液が染み込まないため染色ができる和紙が完成した。藍染の産地としても名高い徳島の阿波藍を使い、和紙に絶妙なグラデーションやぼかしを可能にした貴重な技術は、今も大切に受け継がれている。
伝統を受け継ぐなかで進化してきた阿波和紙。アーティストと一緒に制作するようになってから、阿波和紙の個性を明確な言葉で伝えらえるようになったと藤森さんは言う。
「阿波和紙の特徴は何か?それらしい答えはあるものの、なかなかしっくりきませんでした。それなら自分たちでブランディングをしようと考えました。一般的な和紙のイメージは薄くて新聞紙ほどの大きさだろうと。それに逆行するような大きくて分厚い紙を阿波和紙の個性にしたんです。アワガミファクトリーではこれまでたくさんの大判の和紙を漉いてきました。その中でも一番大きかったのが写真家のグレゴリー・コルベール氏から依頼された横約5メートル、縦約3メートルの特大和紙。私たちは和紙を漉くために、道具から設えています。作家の創造性は、阿波和紙の個性に繋がったように思います。」
阿波和紙の個性を活かしたアワガミファクトリーの商業用品の中には、和紙でタイル風に表現した壁紙がある。アーティストと一緒に模索することが柔軟な発想につながり、制作するプロダクトにもいい影響を与えていると藤森さんは語る。
経済的な観点や効率を求めることで工芸の世界でも量産のものづくりは行われているが、自由なモノづくりの中だからこそ技術が磨かれていくことを「アワガミファクトリー」は証明している。アーティストのイマジネーションがふくらんでいくように、「アワガミファクトリー」の新しい和紙もどんどん広がっている。
紙は素材の一つ。素材として「アワガミファクトリー」にしかつくれないもの、新しいものをつくっていきたい。その熱い思いが、これからも伝統的な新しい和紙を育みつづけていく。
徳島県吉野川市山川町川東141
9:00〜17:00 月曜休み(祝祭日の場合は火曜日)
一般300円/学生200円/小中学生150円
0883-42-6120
http://www.awagami.or.jp/
SPECIAL
TEXT BY YUKI NISHIKAWA
PHOTOGRAPHS BY MASAYA YONEDA
19.04.16 TUE 20:24