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森岡督行さんが生活工芸に惹かれる理由

INTERVIEW

銀座・森岡書店店主、
森岡督行さんが生活工芸に惹かれる理由

ものや情報、人が溢れかえる都市で生活していると、いつしか、そばで静かに寄り添ってくれる “もの” が心の拠り所の一つになっていました。この感覚は私に限ったことではなく、同じような思いを抱く方も多いのではないでしょうか。

今回お話を伺うのは、週に一度のペースで一冊の本を販売し、本にまつわる展示やイベントを開催する〈森岡書店〉を銀座にて営む森岡督行さん。

〈森岡書店〉は、小さなお店でありながらも、カルチャーに興味のある方が世界中から訪れる文化の発信基地のような場所であり続けています。

長らく “生活工芸” が好きだと語る森岡さんに、暮らしにまつわる物事についてお話を伺いました。

森岡督行さん

森岡督行さん

 

古道具の一ファンから工芸を発信する立場へ

「古いものや骨董は、幼い頃から好きでした。お小遣いを全額投入して古い金貨や切手収集、ファッションに興味を持ってからは古い雑誌を集めていた時期もありましたね。当時はインターネットがなく、雑誌が情報源の全てでしたから。

地元山形から大学進学を機に上京し、卒業後しばらくして神保町の古本屋に勤めていた時も古道具屋巡りをしていました。その頃から目白の〈古道具坂田〉には時折訪れるようになりましたね。

長らく “古道具の一ファン” に過ぎなかった私が、工芸や暮らしに関して発信するようになったのは実はここ数年のことなんです」

工芸青花 10号 撮影 菅野康晴(工芸青花)

工芸青花 10号 撮影 菅野康晴(工芸青花)

撮影 菅野康晴(工芸青花)

撮影 菅野康晴(工芸青花)

「生活工芸にぐっと近づいたきっかけは新潮社より2014年から発行されている雑誌〈工芸青花〉の編集委員になったことが大きいと思います。

編集委員と言っても雑誌の内容に関して意見を言うのではなく、客観的に工芸を見ている立場として参加している感じです。ブログの更新や最近では展覧会の企画などを行なっています」

資生堂ギャラリー「そばにいる工芸」/ 撮影 白石和弘

資生堂ギャラリー「そばにいる工芸」/ 撮影 白石和弘

「また、2016年に銀座の資生堂ギャラリーで開催された「そばにいる工芸」展の企画協力をしたことも、暮らしにまつわる物事に携わっていく大きなきっかけに。

この展示では食と住にまつわる6名の作家 / 敬称略、鎌田奈穂(金工)、川端健夫(木工)、飛松弘隆(陶磁器)、ハタノワタル(和紙)、ピーター・アイビー(ガラス)、吉村和美(陶芸)を選出し、アトリエを巡って制作の現場見学や、展示構成のアイデアを出すなど総合的に携わりました」


生活工芸に惹かれる理由

「私は世界がどのようなことも “二つで一つ” で成り立つと考えているところがあります。例えば、良いと悪い / 美と醜のように。
“二つで一つ” は思想以外にも対称的なデザインなど、あらゆるものごとについて当てはまると思っていますね。

そんな考えで言うと、私は「良い方・美しい方」を見ていたいなという気持ちがあります。
元々は暗い方に目を向けがちなタイプだったのですが、谷川俊太郎さんの『世界の様々なことを知った上でも、豊かさに目を向ける』という考えに触れたのがきっかけとなって、明るい方を向いていきたいと思うように。

それで、今の日本の「良いものや美しいこと」について考えてみたところ “工芸” なのではないかという思いを抱くようになりました。

もともと日本は、巨大な思想や建築物などではなく、小さなものやシンプルなものに向かっていくのが特徴かなと思っています」

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「暮らしの中に使う道具の美しさや佇まいは、決して主張が強いわけではありませんし、一つ一つの工芸品は手に収まるような小さなもの。

ですから、大きな変化はうまないかもしれませんが『ふつうの暮らしの時間と空間を “ちょっと違ったもの” にしてくれる』と思っています。

人間の生活は道具を使うことの連続だから、それが楽しければ、人生の質が違ってくるだろうと。

森岡書店のアイコンにもなっている〈飛松灯器〉のランプ

森岡書店のアイコンにもなっている〈飛松灯器〉のランプ

「また、『身の回りや、家の中のことは自分の意思で変えやすい』というのも生活工芸に惹かれるポイントです。

私は歴史のある建築も好きで、よく街並みについても考えています。

例えば日本の街は清潔ですが、ヨーロッパなどに比べて美しいかと問われると、まだまだ伸びしろがあると思って。
でも街並みを自分ではどうすることもできないですが、自宅の食周りの環境であればすぐに変えることができる。そういった意味でも、暮らしにまつわるものに惹かれます」

そう言いながら、森岡さんが見せてくれたのはこちらの一枚。

撮影 森岡督行

撮影 森岡督行

「我が家のある日の朝食です。食べることは特に意識して大切にしていますね。
バターケースは三谷龍二さん作。パンを乗せた木のトレイは「そばにいる工芸」展でも選出した川端健夫さんのものを使っています」


生活工芸の特徴とは

「生活工芸という言葉に関する定義や印象は人によって大きく異なると思います。

もちろん生活工芸のジャンルで代表的な作家はいますが、私は作家名や言葉の定義に縛られすぎず、暮らしの時間と空間を豊かにするものを生活工芸と考えて良いと思っています。日々の暮らしで実際に使えることが大切ですね。

また実用品と言っても具体的な用途があるものだけでなく、〈Roundabout&OUTBOUND〉の小林和人さんが提唱する “作用” のような側にあるだけで気持ちに影響があるものも生活工芸に含まれると思います。あくまでも私は。
例えば森岡書店で展示をしたロベール・クートラスのカルタなども、作用を持つもののひとつではないでしょうか」

森岡書店で実際に使われている黒電話

森岡書店で実際に使われている黒電話

 

生活工芸と民藝について

「生活工芸と民藝は “実際に暮らしの中で使うもの” という点で大きくは同じようなことだと捉えています。

思想の面から見ると、柳宗悦が唱える民藝に強く流れているのは仏教哲学の考え。

生活工芸には仏教哲学的な考えは薄いですが、『日常の時間と空間を考える』という意味ではひとつの哲学と言っていいと思います。

柳宗悦の「工藝の美」を読むと、工芸を “浄土から贈られた花” と例える一文があります。その点について以前はピンときていませんでした。

しかし、ここ数年間に東日本大地震を始めとした天災などを経験してから、ものに心の面からも支えられていることや、ものには思い入れが宿ることを様々な場面で感じています。そして、日常を美しくする工芸が傍にある生活がどれだけ豊かであったかを実感するように。

工芸で暮らしを美しくするだけでなく、そのことに対する感謝の気持ちが新たに加わりましたね。

そのようなことを経て、 “浄土から贈られた花” という考えが少しわかったように感じました」

資生堂ギャラリー「そばにいる工芸」展では実際に作品を手に取れるスペースもあり、森岡さんの実用に対する思いが伺えた。 撮影:白石和弘

資生堂ギャラリー「そばにいる工芸」展では実際に作品を手に取れるスペースもあり、森岡さんの実用に対する思いが伺えた。
撮影:白石和弘


身の回りにあるものを一つずつ選ぶこと

「工芸という響きから印象は少しずれるかもしれませんが、洋服、財布や文具などの小物も含めて身の回りにあるものを一つ一つ大事にしたい気持ちがあります。

そんな思いがあり、2018年末に手掛けた工芸青花の企画展では「白と青」という衣服の展示を開催。

雑誌のイメージカラーの白と青に絞って日々身につけていて気持ちが良いなと思うもの、また経年によって風合いが良くなっていくようなものを集めました。「着る」という日常的な行為に喜びが感じられたら、毎日がより楽しくなると思うのです。

例えば〈ミナペルホネン〉のデニム。上質さはもちろんのこと、擦り切れた場合はミナペルホネンのパッチワークで補修することができ、どこか金継ぎのような感覚も。
また、ミナペルホネンのテキスタイルには、ひとつひとつ名前が付いていて、愛着が感じられます。
そういう意味で、生活工芸に近いと思います」

工芸青花 一水寮「白と青」/  撮影 菅野康晴(工芸青花)

工芸青花 一水寮「白と青」/  撮影 菅野康晴(工芸青花)

「最近新調した眼鏡は、全工程を手仕事で1人で行う〈“12”home made / トゥエルブ ホームメイド〉というブランドのもの。

私は作り手だけにとどまらず、 “伝え手” の重要さも日々感じています。
こちらの眼鏡は〈Continuer / コンティニュエ〉で求めました。お店を営む嶋崎周治さんは素晴らしい伝え手の一人です」

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生活工芸美術館の構想

「こんな風に、私はさりげないけれども身の回りの道具に惹かれ続けています。

特に “食” が好きなので、生活の中で使っている器やレストランで出されるカトラリーは綺麗だなと思っていて。
美術館にある観賞用の作品とはまた違った良さがあると感じています。

私が思う生活工芸の魅力は『ものの経年変化が楽しめること』。ですから、使いこむと劣化していくのではなく寧ろ “経年優化” していくようなものに惹かれますね。

生活工芸にまつわるものごとの発端は1990年頃と言われているので、2020年で約30年が経過することになります。

ということは、各家庭に20〜30年ほど前から大切に使われてきた生活工芸のうつわなどがあるはずで。元々は同じうつわだったとしても、使い込まれた結果、欠けや染みができたり、場合によっては金継ぎなどされたりして、それぞれ違ったものになっているでしょう。には料理家の手によって使い込まれた調理器具やカトラリーなども見てみたいですね。

経年を愛でる文化は、今の日本のいいところの一つだと思っているので、生活工芸品の経年変化した姿や使い込んでいく際のエピソードを含めた展示ができる美術館を作りたいんです」

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「現在進行形の生活工芸の展示を行いたい。

生活工芸を語る上では作り手、伝え手に加えて、もの選びの視点 “強い眼” を持った人の存在も大事だと思っています。
なので、その時代のスタイリストやものづくりに携わる人などが、良いと思ったもの、暮らしの中で使われてきた道具の展示もできたらと。

またカフェを併設し、実際にうつわを使って楽しむ時間も美術館の要素の一つになるだろうと考えています。

生活工芸美術館の構想は〈桃居〉の広瀬一郎さんが、以前から提案しているもので、私も強く賛同している形です。
生活工芸美術館というのは仮の名前です。私は工芸にまつわる展示を手がけることもあります。その中で年々日本の生活工芸への興味は強まっている気がしていますし、海外からわざわざ日本に買いに来る方も増えているように思います。

これからも生活工芸美術館の実現に向けて前向きに取り組んでいきたいです」

 

暮らしにまつわる “もの” は、単なる物質ではなく、素材の風合いが増すごとに過ごしてきた時間や記憶などもそっと積み重ね、良き相棒になってくれるような存在。

 

森岡督行 Yoshiyuki Morioka
森岡書店代表。 1974年生まれ。著書に『荒野の古本屋』(晶文社)などがある。企画協力した展覧会に『雑貨展』(21_21 DESIGN SIGHT)、『そばにいる工芸』(資生堂ギャラリー)、『「Khadi インドの明日をつむぐ」展』(21_21 DESIGN SIGHT)などがある。2018年には「shiseido art egg」賞の審査員と、山形ビエンナーレ『畏敬と工芸』のキュレーションを担当した。

INTERVIEW

TEXT BY YU ONUKI

PHOTOGRAPHS BY KAZUMASA HARADA

19.03.05 TUE 14:01

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