立命館大学卒業後、大手通信会社に就職。結婚と出産を機に、2016年8月、大西常商店に入社。大西常商店4代目として小売から商品開発まで、さまざまな業務を担当。夫、息子と右京区に暮らす。昭和初期創業の大西常商店は、松原通に面した京町家で営業を続けている。
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朝は5時起床。子どもが起きるまで自宅の台所で扇骨を染める。
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寝る時のほかは、自宅でも、休日でも、旅行中も着物姿。「二日酔いだったりしたら、楽して洋服を着てしまうから」という理由で、洋服はすべて処分した。
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出勤は9時頃。自宅のある右京区から下京区の店まで、3歳の息子を連れて車で。前の日に飲みすぎてしまうこともあるため、最近、用心のためにアルコールチェッカーを買った。
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車中では安室奈美恵を愛聴。20周年と25周年のライブDVDを気分によってチェンジ。安室ちゃんの引退後にハマったそう。
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店頭では接客はもちろん、事務仕事や検品作業も同時に行う。
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大西常商店に勤務するのは、70代の父、70代と60代の従業員、20代の里枝さんの4人。
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集品、納品といった外まわりはおのずと里枝さんの仕事。
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自転車と車で京都を駆け巡る。「この格好で自転車を乗り回していると、もんぺ履きなさい! って知らないおばさまから怒られることもあります」。
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しかし、なかなかそこまで時間の余裕がない。
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この日は、昨年11月にオープンした伝統工芸ショップ「マスターレシピ 京都祇園店」に納品。
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視線の先にある、扇の扇骨を使った「ルームフレグランス かざ」は里枝さんが主導して開発した商品。売れ行きが気にかかる。
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納品にあわせて、すぐそばでお茶会を開催していたお茶の先生にご挨拶も。そして、店へと取って返した。
―3歳の息子さん、里枝さんの仕事中はどうされてるんですか。
大西:4月からは保育所に入園することになったんですけど、いまは店のすぐそばにある実家で、ご近所の方が見てくれています。血縁の方でもないですし、お金を払っているわけでもないんですけど、いつも見てくれて。私が東京出張に行くときも、母とその方たちにお願いをして。すごく感謝しています。
―ご近所さんに預けられるのっていちばんいいですね。
大西:子どももとてもなついてます。私たちと違って優しいから(笑)。
―同世代のお母さん?
大西:いえ、70代かな。おかげで、子どもが話すこともちょっとおばさんぽくなって、近所のウワサ話とかを教えてくれます。かわいらしい(笑)。
―仕事先でも年配の方が多そうですね。
大西:そうですね。京扇子は、90近くも細かな工程を重ねてつくられていますけど、うちは製造卸が主体なので、各工程の職人さんから私がピックアップして、検品をして、また次の工程の職人さんにまわして、最終的に仕上がった商品を得意先さんに納品するという仕事をしています。周りは、おじいちゃんくらいの世代の職人さんがほとんど。職人さんにどれだけ無理を聞いてもらえるかという関係性がとても大事なので、日々、気を遣っています。
―着物を日常着にしたのはなぜでしょう。
大西:ずっと着物を着ている人になれば覚えてもらいやすいですし、着物まわりのお取引先もとても多いので。家に洋服があるとつい着てしまうから、寝間着とジャージ以外はぜんぶ捨てました。
―思い切りましたね。つまり、プライベートでも着物姿。
大西:もう着物しかないので。子どもを公園に連れていくときも、家族で海外に遊びにいくときも。出張とかだったら、着物2枚、帯2枚あれば着まわせて、折りたたむとボリュームも出ないから、意外と荷物が少なくていいですよ。
―扇子もいつも持ち歩いている。
大西:もちろん。けど、酔っ払ってはすぐなくすから、よく怒られます。しかも、だいたい1軒目の店に忘れてる。最悪です(笑)。
―洋服をすべて捨てるというストイックさと、その飲み姿がうまく結びつかない(笑)。
大西:飲むとダメです。グリーンラベルって発泡酒が好きで、それをチェイサー代わりにしながら日本酒とかワインを飲むので。バカでしょ(笑)。
―飲む頻度も多い?
大西:最近はかなり減らしてますけど、仕事でお付き合いのある方と飲むことも多いので。子どもを預けて飲みにいくから、早く飲まねば、早く酔わねばって、だいたい20時半くらいにはもうダメな感じですね。
―取引先とのお酒の場だったり、すこしは仕事の要素もあるんですよね。
大西:言い訳ではないけど、意外とそういうこともあるのかなと思ってます。
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店はおよそ築150年の京町家。店の2階にある大広間ではお能や上方舞の教室なども。
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家業である大西常商店に入ったのは2016年。とはいえ、小さな頃から歌舞伎に連れられたり、伝統芸能は身近にあった。「好きな役者は誰かな…玉三郎さん」。
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2階の大広間はかつてお手伝いさんがいたという部屋。おくどさんのある走り庭にすぐ目が届く。
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おくどさんはまだ現役。イベント時などに活用している。「私はできない。量を炊かないといけないですし、難しいから」。
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おくどさんの上には七福神、愛宕神社の火伏せ札。
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京町家らしく奥行きが深い。奥にかなり広い中庭。
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庭は茶室へ通じる露地にもなっている。月釜もかけているという茶室「常扇菴」がある。
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里枝さんお気に入りの茶碗を手に。
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気分を変えたいときは茶室へ。凛とした空気の中、ひとり一服してリフレッシュ。
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そして、ふたたび仕事へ!
―お茶も昔から。
大西:ちょっとだけですけど、一応、点てることもできます。
―お店は完全な京町家。おくどさんもふくめて、よくぞ現役で使い続けてられますね。
大西:両親とご先祖に感謝です。ビルを建てるよりも維持するほうがよほどお金がかかるから。いつかはここに住めたらと思ってます。
―休日はどんな過ごし方をしていますか。
大西:何してるかな……絵付けの体験教室とかが日曜に入ることも多くて、意外と店に出ています。
―最近、家族3人で出かけた先って、たとえばどこでしょう。
大西:スーパーかな。マンダイってめっちゃ安くていいんですよ。…悲しなってきた、言うてて(笑)。土曜日は子どもがプールに行ってるので、休めそうなときは一緒に行って。
―仕事と休みの境が曖昧なところもある。
大西:それもあります。前に勤めていた企業はホワイトで、有給40日しっかり消化してましたけど、今みたいに仕事と休みの境目がないというのにはまだ慣れてなくて。だから、すぐ飲みに行っちゃうのかも(笑)。だけど、知らない土地でサラリーマンをしていたときよりは、今のほうが気持ちは楽なんです。
―そもそもどうして一般企業に就職して、その後、家業に入ることになったんでしょう。
大西:学生の頃は工芸にもあまり興味がなくて、うちが扇子屋だというのもちょっと恥ずかしいというか、照れくさくてあまり言ってませんでした。就職してから九州に移って、周囲にうちが京都の扇子屋だと言っても、意外と自然に受け止められて。結婚して妊娠、産休の時期は京都に戻って、ずっとこの店にいるときに、私もやれるんじゃないかなという気持ちになってきて、それで仕事を辞めて、京都に戻ってきました。
―社会人経験を経て、工芸の世界に思うところもありましたか?
大西:変な自信はありました。もうちょっとうまくやれるんじゃないかなって。これまで、扇子といえば夏の商売で、和装業界がほとんど。あまりに不安定なビジネスモデルなのがヤバい、どうすんのって思ったから、普段の仕事とは別に商品開発も進めています。
―扇骨を使った商品「ルームフレグランス かざ」も開発されました。
大西:今の生活に寄り添えるようなものができないかなと思って開発した商品なので、思い入れがあります。あと、これはまだ来年の春オープンに向けて動きはじめたばかりですけど、伝統工芸の若い職人専用のシェアハウスとシェアアトリエを合わせたような場所をつくろうとしています。
―またどうしてそのプロジェクトを進めているのでしょう。
大西:伝統工芸の学校を出たばかりの子とか、アルバイトをしながら夜中に狭い部屋でモノづくりをしていたりして、かなり大変な環境なので。海外ではギルドシェアハウスというのがあって、京都にもそういう場所は必要だと思う。いいものをつくる技術があって、素質もあるのに、評価やお金がともなわないのは私もイヤだから。
―工芸の状況をなんとかしたい、その思いも強くあるんですね。
大西:京都に戻ってきて2年経って、仕事のやり方もちょっとずつわかってきたから、ちょうど今、私はこういう時期なんです。中二病ですね(笑)。
―必要ですよ、熱いものも。工芸のよさってどんなところだと思っていますか。
大西:ざっくりとした持論ですけど、これからくるものだとは思ってるんです。技術が進歩して、利便的で機能的な生活になっていく中、ひとの心の琴線に触れるもの、生活をきちんと彩るものは、一方で生き残っていくと思っています。それがきっと工芸だと。そう信じたいという感じかな。
―そのためにも、仕事の環境ややり方を変えていく必要がある。
大西:そう。工芸に未来があると思ってる一方で、すごくがんばってるけど、ぎりぎりの生活をしている若い職人さんが周りにもいるから、何とかできればいいなって。
―若い職人っていうけど、大西さんも若いですよ。
大西:28です。私もめっちゃ働いてますけど、それが評価されないとしたらやる意味を見失ってしまうと思います。…将来はどうなっていくんでしょうね…まあ、なんとかなるでしょう(笑)。
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仕事がひと段落、待ち構えていた息子が飛びついてきた。
INTERVIEW
TEXT BY ATSUSHI TAKEUCHI
PHOTOGRAPHS BY SHOKO HARA
19.03.28 THU 15:59