米原 有二/工芸ジャーナリスト
1977年京都府生まれ。京都を拠点に工芸を対象とした取材・執筆活動をおこなう。おもな著書に『京都職人 -匠のてのひら-』『京都老舗 -暖簾のこころ-』(ともに共著・水曜社)、『京職人ブルース』(京阪神エルマガジン社)など。
●『うるしの話』松田 権六
これほど包み隠さず職人人生が語られた漆芸の本はないのでは。技法の解説、生い立ち、漆文化のこれから……。なかでも印象深いのは「樹液としての漆」に対する深い造詣と愛情です。明治、大正、昭和と工芸にとっても激動の時代を生き抜いた「漆聖」が、自分の知見をあまさず後進に伝えようとしています。
●『やきもの随筆』加藤 唐九郎
自分で見聞きしたこと以外は信じない、という職人らしさがこれでもかと詰まった一冊。古今の名陶について製法や職人文化まで持論を語り尽くしています。通説を疑い、作り手としての立場から語られる内容に引き込まれます。著者は『永仁の壺』問題で世間を騒がせ、文化財のあり方に一石を投じました。昭和37年に書かれた本ですが、名物至上主義の権威的な陶芸論について容赦なく批判しており、その思いきりがとても気持ちいいです。
●『法隆寺を支えた木』西岡 常一|小原 二郎
伝説的な宮大工と、木材の碩学の共著。経験則と論理の両面から、伝統建築に込められた先人の知恵を考察しています。難しい内容をわかりやすく、という学術書のお手本のような文章で、後進の大工さん、学者さんだけではなく、山林に囲まれて暮らす私たち日本人すべてにとっての教科書。
●『〈民藝〉のレッスン つたなさの技法』鞍田 崇
これからの社会を考えるにあたって民藝運動とその精神性についてあらためて考察しようという機運が高まっています。その多くは言葉の再定義だったり、デザインの方向性だったり、作り手との関係性などの観点についてでしょうか。そうしたなか、著者の鞍田さんはかなり広い視点で、長い時間軸で「民藝」を考え続けています。鞍田さんはものの美しさを糸口に、豊かな生き方、他者への慈しみを、柳宗悦の思想から見つけようとしているのではないかと思うのです。本書はそうした鞍田さんの思索の記録だと思います。
●『奇想の系譜』辻 惟雄
言わずと知れた名著。私淑や影響といった曖昧な関係性で、でも確かに時代を超えて受け継がれてきた琳派について語られています。もちろん、絵画の変遷は時代背景と連動しているわけで、本書で芸術、文化、歴史の本流と支流を学べるという贅沢さ。
●『古寺巡礼』和辻 哲郎
「寺を論評する」という行為があることをこの本で知りました。観光的見どころではなく、学術的でもない。綿密な取材を元にしているのだけど、ときには創建当時の出来事に思いを馳せるような。そうした文章はどう呼べばいいのか今もってわかりませんが、「伝統建築」「仏具」「仏像」などを切り口に寺院についての文章を書くことになたったときに多くを学びました。写真は寺院や仏像などの分野で美しい作品を多く残した入江泰吉です。
●『京都の平熱ー哲学者の都市案内』鷲田 清一
京都市バス206番で巡る観光案内には載らない京都。京都で生まれ育った筆者だからこその愛憎があります。伝統の街の生の姿、今の様子。京都人を生活者として見た文化論。京都市と距離は近いが気持ちは遠い宇治市で育った私のよそ者視点には、とても刺激的な京都案内です。
●『平安紋鑑』京都紋章工芸協同組合
京都には、紋付きの着物に家紋を描き入れる専門職がいます。そうした職人さんたちがまとめた家紋帳です。昭和11年に刊行されて以来、少しずつ改訂され版を重ねて現在13版。職人さんたちにとっては図案見本であり先人のアーカイブとして活躍しています。かつての取材で「染物に家紋を手描きする」という行為がよくわからず本書を手に取りました。技法のことは載っていませんでしたが、日本人が積み重ねてきた意匠について学ぶきっかけになりました。
●『江戸モードの誕生』丸山 伸彦
江戸時代には、今とは違う着物の常識があった。ずっとかわらない、と決めつけてしまいがちな分野ですが、当然ながら変遷があります。平和で豊潤な江戸時代の「流行」を追いながら、着物の意匠、形状がどのようにしてうるり変わってきたかを論理的に、今になぞらえて教えてくれます。
●『俵屋の不思議』村松 友視
俵屋旅館を舞台にして、「もてなし」に心尽くす京都人が紹介されています。女将さんや仲居さんだけではなく、大工さん、左官さんなどの多彩な職人さんの仕事が紹介されています。なかでもヒノキのお風呂を掃除する「洗い屋さん」は京都らしさがぐっと凝縮された存在ではないでしょうか。おもてなしの気持ちと手仕事。旅館という空間そのものが総合工芸だ、ということをあらためて実感します。
●『男の民俗学』遠藤 ケイ
聞き書きの面白さは臨場感にあると思うのですが、その奥深さを知った一冊です。本書を読むまで知らなかった登場人物をなんとも愛おしく思うのは、絵と文の両方を駆使する著者の手法ならではのものでしょう。著者が訪ねるのは現代の匠たち。人間国宝にはならないかもしれないけれど、どっしりと社会を支えている名匠たちです。道具の寸法など詳細な情報とともに、生活感溢れる職人言葉なんかも書かれていてうれしくなります。
●『青春うるはし! うるし部』堀 道広
漆芸に青春を燃やす若者を描く稀有な漆マンガ。作者の堀さんは漆芸職人からマンガ家へと転身しためずらしい経歴の持ち主です。この画風はなんというんでしょうか、見たことがないけど不思議と愛着が湧きますね。個性的すぎるキャラクターたちを一目見てこの作品が大好きになりました。この作品から7年後、拙著『京職人ブルース』(2014年/京阪神エルマガジン社)の連載時に堀さんに挿絵を描いてもらうことになります。
●『美の脇役』産経新聞社
新聞記者時代の司馬遼太郎が企画した連載をまとめたもので、
さまざまな分野の達人たちが日本文化を彩る「脇役」を薦めています。仏像に踏みつけられた邪鬼や、さびた寺院の釘隠しなど、すこし視点をずらす大切さを教えられました。細部に美が宿る、ということの本質を知ったきっかけです。この本はなぜかしょっちゅう紛失して何度も買い直しています。これが何冊目かわかりません。
OTHER
TEXT BY YUJI YONEHARA
PHOTOGRAPHS BY YOSUKE TANAKA
18.03.09 FRI 20:56