漆はウルシ科の木から採取した樹液を加工した天然の樹脂塗料です。それを木や紙に塗る重ねることで出来るものを漆器といいます。螺鈿や蒔絵とは漆器に施す装飾技法の一つです。装飾を施した漆器は美しく、多くの人を魅了してきました。日本を代表する伝統工芸品として、英語で「ジャパン(japan)」は漆器という意味で使われていたことがあったほどに、世界からも認識されています。ここ嵯峩螺鈿野村にも、さまざまな国の方が体験に訪れるそうです。
通常、下地(塗り)と、螺鈿・蒔絵などの加飾は分業で別々の職人が行うものですが、嵯峨螺鈿野村では、下地(塗り)から加飾までを一貫制作しています。工程数は60から100ほどで、作業に取り掛かってから完成までに3ヶ月もの時間を要するものもあります。こうして丁寧に作られた商品は驚くほど精緻で美しく、感動します。
今回の体験では漆を予め塗った丸盆に、螺鈿・蒔絵を施します。いくつかの見本からデザインを選んだらいよいよ体験開始です。はじめに、螺鈿に挑戦します。螺鈿とは貝の内側の光沢がある真珠質の部分を漆の中に加飾する技法です。
まずは貝に下絵を写す作業です。わたしは貝の端っこの方に下絵を写していると拓也さんから「端っこじゃなくて貝の一番美しい部分を使って下さい」と言われました。嵯峩螺鈿野村では貝の美しい部分しか使わないそう。職人さんは貝の最も輝く角度を確認し、商品が完成したときにすべての貝が同じように輝くことを想定しながら、カットする貝の場所を決めていきます。
カットした貝を丸盆に糊で貼っていきます。丸盆には下絵が写してあるので貼る場所を迷う心配はありません。串を使って貝を貼る位置に糊を置き、次に串の反対側に水をつけ、その力で貝を持ち上げ丸盆にのせていきます。
貝を丸盆にのせた瞬間、不思議と貝の輝きが増しているように見えました! 「漆と貝の相性は抜群。漆の黒が貝の輝きをより引き出すのです」と拓也さん。
続いて蒔絵という加飾技法に挑戦します。まず下絵に沿って絵を描いてきます。本来は漆を使いますが、かぶれる危険があるので体験ではカシューという塗料を使います。この作業は、嵯峩螺鈿野村の3代目、代表で伝統工芸士でもある拓也さんの父・守さんに教えて頂きます。
「左手の小指を丸盆に当て、手を安定させながら線を描くのだ」と教えてもらいましたが、筆が細くて難しい! 頭では分かっていても気がついたら小指が丸盆から離れ、そのせいで線が震えます。 筆が細いため1回で描ける線が短くなります。そのため短い線を繋ぎながら描いていく必要があります。一本の線は描き始めが一番太く、描き終わりが一番細くなります。線の細いところから次の線を繋ぐと、がたがたの線になってしまいます。絵に合わせて繋ぐポイントを考えながら描いていかなければなりません。こんなにも考えながら1本1本の線を描くのは初めての経験。とても繊細な時間のかかる作業です。私のように、大半の人がここで苦戦するようです。
描いた線を軽く乾かしたら金粉を乗せていきます。すると描いた線の部分に金粉が付着します。このように、金粉を蒔くから「蒔絵」というのです。
螺鈿と蒔絵の歴史はとても古いそう。螺鈿は奈良時代に唐から伝えられました。そして平安時代には蒔絵ともに用いられるようになり、日本独自の工芸として発達していきました。
螺鈿の体験できるところは多くありますが、蒔絵の体験が出来る場所は珍しいそうです。「短い時間であってもなるべく本物に近い形で体験してほしい」と拓也さんはいいます。嵯峩螺鈿野村の体験工房が人気の理由が分かります。 そして、もう一つの人気の理由が拓也さんの英語力です。拓也さんは学生時代にロサンゼルス留学を経験、5年間他の場所で勤務された後、去年家業に戻り、お父さんの元で修行されています。 これから進むグローバル化に対し、伝統工芸の世界にも自分の持つ英語力を生かせる場があると思ったのが家業に戻られた理由だそうです。そのおかげで海外から訪れた人は言葉のストレスなく体験が行え、正しい漆の知識を知ることができます。
最後に色がついたカシューで自由に色を付けていきます。見本はありますが全行程自由にアレンジ可能なので自分だけの丸盆をつくることが出来ます。2時間程度で完成し、そのまま持って帰れます。
嵯峨釈迦堂で有名な清凉寺に、おいしいジェラートのお店など食べ歩きも楽しい嵯峨嵐山ですが、観光の際はぜひ「螺鈿・蒔絵体験」もプランに入れてみてください!
嵯峩螺鈿野村
住所:京都市右京区嵯峨釈迦堂大門町26
営業時間:9:00~18:00
定休日:不定休
Tel: 075-871-4353
URL:http://sagaraden.com/
体験の申し込みは「京都工房コンシェルジュ」へ
https://www.kyotoartisans.jp/
STUDIO
TEXT BY MARIE SAKIKAWA
PHOTOGRAPHS BY KUNIHIRO FUKUMORI
17.10.12 THU 17:39