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「朝日焼 shop & gallery」はいかに作られたか?

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十六世・松林豊斎の茶文化発信の拠点
「朝日焼 shop & gallery」はいかに作られたか?

宇治で開窯し、約400年もの間続いてきた由緒ある窯元・朝日焼。昨年の十六世松林豊斎の襲名をきっかけに、今年7月15日、「朝日焼 shop & gallery」がオープンした。「お茶への想いをはぐくむ空間」をコンセプトとし、朝日焼を次世代へと伝える発信拠点として立ち上げられたこの場所には、十六世豊斎氏のこだわりが詰め込まれている。空間作りに関わった人々のコメントも交えながら、その舞台裏を探る。

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朝日焼十六世 松林豊斎
1980年、朝日焼十五世松林豊斎の長男として生まれる(本名:松林佑典)。同志社大学法学部を卒業後、日本通運㈱海運事業部勤務を経て、京都府立陶工訓練校にて轆轤を学ぶ。その後、父豊斎のもとで修行。2016年、十六世豊斎を襲名。

関連記事:かたちなき「伝統」。朝日焼の継承にまつわる(ごく一部の)物語 


朝日焼の新しいスタイルを提案したい −−十六世・松林豊斎

開窯時は茶人・小堀遠州から指導を受けて茶道具を制作し、地元の名産である宇治茶とともに400年の年月を重ねて発展してきた朝日焼。その伝統を踏まえた上で、現代の生活スタイルに合う新しいお茶のアイデアを次世代に伝えていく場として、工房から徒歩1分ほどのところに作られた。

宇治川のほとりの古民家を改装。川と建物の間に道はなく、せせらぎが聞こえるほどに近い。夕方になれば西日が沈む様子を観察することもできる、これ以上ないほどの立地だ。「昔、ここは桟敷貸しの駄菓子屋でした。20年ほど前にお店を閉められたのですが、建物のことがずっと気になっていたのです」と十六世豊斎氏。庭を抜けて中に入ると、手前にショップ、左手にイベントスペース、中心にギャラリー、奥に茶室があり、茶文化を複合的に体感できる空間となっている。

十六世・豊斎氏は、プロジェクトユニット「go on」のメンバーとして、現代のニーズに合った新しいプロダクトを作り出したり、英国セント・アイブスのリーチ窯での滞在制作、フランスのギメ東洋美術館での作品展示・茶会など、海外での経験を通して、幅広い視野を培ってきた人物。新店舗は、そんな豊斎氏が信頼するディレクターやクリエイターの協力を得て制作され、運営される。

 

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朝日焼の代表的なプロダクト「河濱清器(かひんせいき)」でお茶を淹れる松林俊幸氏。茶器の構造上、1煎ずつお茶をしっかり注ぎ出すことができるので、茶葉の開き加減による味わいの違いを堪能できる。 この日のお茶は、宇治市内で栽培された貴重な茶葉だけを使用したブレンド茶「碾玉」。

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御菓子丸による企画展「青の光」(会期終了)が開催時のギャラリー内観。茶席の楊枝に使われるクロモジの木に、琥珀で作った透明感のある菓子「鉱物の実」が実り、朝日焼の花器が引き立てた。 また、平たく丸い器には、桜餅の夏バージョンと言えるような「夏落葉」というシイの葉で葛餅を挟んだ菓子が盛られた。

 

丁寧に作られた茶葉を、丁寧に味わう方法を伝えたい −−松林俊幸

展示やイベント、ワークショップのディレクションを担当するのは豊斎氏の弟であり、ブランドマネージャーの松林俊幸氏。朝日焼に生まれ育ち、多摩美術大学を経てガラス工芸を手がけるなど、俊幸氏のこれまでの経験を活かして、クラフトやアート、デザイン、フードなど幅広いコラボレーターと共に朝日焼の新しいアイデアやスタイルを発信していくそうだ。

年に4回ほど企画展を行う。第一回目は、御菓子丸の杉山早陽子氏が植物と御菓子をテーマにした展示「青の光」を開催した(会期終了)。御菓子丸は、今後もお菓子とお茶の時間を楽しむイベント「御菓子丸のあわい」を通して継続的に新店舗に関わっていく予定である。

また、俊幸氏自身による、朝日焼の茶器を使ったお茶のワークショップ「急須の手習い」を定期的に行うことが決まっている。「宇治の茶葉はとても丁寧に作られています。急須の手習いは、茶器の特徴や使い方を知ることで、良いお茶を丁寧に味わうことができるワークショップです」と俊幸氏。

 

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茶室の設計・施工を手がけた数奇屋大工「京こと」の簱邦充氏。数寄屋建築を手掛け国内外に知られる「中村外二工務店」から昨年独立。銘木屋に生まれ、木材のことを知り尽くしている。

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西の窓から光が差し込む茶室。「茶室という理から全く外れず、かつ、今までにはないモダンな茶室」という豊斎氏の理想を見事に実現した、今までになく爽やかなリバーサイド茶室である。

 

十六世と共に歩み、歴史を作る茶室になれば −−簱邦充

茶室は数奇屋大工「京こと」の簱邦充氏が手がけた。豊斎氏は簱氏と別プロジェクトで出会い、茶室論で話が盛り上がり、設計・施工を依頼したという。「簱さんとは、伝統を守りながらも新しいことをしたいという私の想いをよく理解し、一緒に悩み抜いて見事な茶室を作り上げてくれました」と豊斎氏。

茶室を作るにあたって、豊斎氏が絶対譲れなかった条件は二つ。一つ目が、客座を宇治川の方向に向けること。二つ目が、床の間を目につく場所に置くこと。床の間を正面に置きたいが水屋も必要というところには、特に悩んだ末、現在の形に落ち着いたという。茶室に開放感をもたらしているガラスの出窓については、こう語る。

「小堀遠州の茶室論に『暗きところなきよし』というものがあります。例えば忘筌の茶室(大徳寺塔頭・孤篷庵に小堀遠州晩年の作)は、砂摺り天井といって天井に胡粉を塗って、室内を反射光で明るくしていました。そういったことから、もし今、遠州が茶室を作るならば、ガラスを用いたかもしれないと考えるようになりました。三畳台目という狭さは、どうしても緊張感を与えがちなので、出窓によって圧迫感を軽減したかったのです。畳で終わるのではなく、ガラスがちょっと外側にはみ出た、内でも外でもある中間の場所を作るという発想は、桂離宮の月見台をヒントにしました」。

簱氏が設計にあたり、意識したのは”等身大の豊斎”である。「豊斎さんは、これからの朝日焼を、まっさらな状態から背負っていくことになるので茶室入り口の額縁や内部の造作材などには純白の松を使い、畳縁も黒ではなく麻の生成りを使用し軽やかにしています。豊斎さんと共に、この茶室も歩んでいけたら」。土壁は定番の聚楽土ではなく朝日焼の陶土を使用し、床の間の地板には1000年近くの間土の中で眠っていたと考える神代欅で風格を与えた。壁の腰張りと点前座の和紙は、海外でも評価の高い「紙舗 直」の坂本直昭氏のものと、挙げればキリがないほど細部まで抜かりなく仕上げられている。

 

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スフェラのクリエイティブ・ディレクター、眞城成男氏。ライフスタイルに関わる幅広い領域において、現代的なデザインと伝統工芸とを結びつけ、新たな可能性や価値を引き出すクリエイティブ・ディレクションを手掛ける。

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入り口からすぐのところにあるショップコーナー。スフェラとコラボレーションしたプロダクトも販売している。

 

海外のラグジュアリー層にも認められる場所に −−眞城成男

空間デザインを手がけたのは、京都・ミラノを拠点に活躍する「スフェラ」のディレクター眞城成男氏。今までも朝日焼とは度々コラボレーションし、洗練されたデザインのプロダクトを多く生み出してきた眞城氏に、豊斎氏が期待するのは「グローバルな視点」である。

建物は、もともと持つ平屋の良さや和の趣を活かしつつも、欧米的に靴を脱ぐ必要がなく、ランドスケープを贅沢に取り入れた開放感たっぷりの現代的なデザインにリノベーション。家具や椅子もこの施設のために新しくデザインされた。

「朝日焼は普遍的な良さを持つ茶器ですが、時代ごとに変化をしていかなければ、時代から取り残されてしまう可能性もあります。現代のライフスタイルに合うようなデザイン性をうまく取り入れ、国内の人々だけではなく、海外のラグジュアリー層にも新しいお茶の”スタイル”を発信すること、それが今後の朝日焼が目指すべきところだと思います」と眞城氏。

 

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宇治川側から見た建物の外観。

十六世・豊斎氏がこれから作り上げる朝日焼のビジョンを象徴する「朝日焼 shop & gallery」という場所。ずは訪れて、その世界観を体験してほしい。

朝日焼 shop & gallery
京都府宇治市宇治又振67
tel. 0774-23-2511
営業時間/10:00〜17:00
月曜(祝日の場合は翌日)、最終火曜休
http://www.asahiyaki.com

 

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TEXT BY AI KIYABU

PHOTOGRAPHS BY MASUHIRO MACHIDA

17.08.01 TUE 21:06

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